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北冬名鑑
Hokutoh Encyclopedia
山田勇男 Yamada Isao





1952年6月9日、北海道夕張郡に生る。北海道美術学校在学時に、友人の兄の影響で映像に目覚める。
73年、札幌のデザイン会社に入社、湊谷夢吉と出会う。同人誌『銀河画報』の設立に参加し、フォントデザインを手がけたほか、「赤魚河岸」「夢ノ工作」を発表。
74年、演劇実験室「天井桟敷」に入団。 札幌と東京を行き来しながら、美術スタッフとして寺山修司監督映画にかかわる。『田園に死す』(76)の意匠工作、『ボクサー』(77)美術協力、『草迷宮』(78)美術、『さらば箱舟』(81)衣装デザインほか、挿絵、双六なども手がける。
77年、元「天井桟敷」の稲葉憲仁、後年『つげ義春ワールド ゲンセンカン主人』の美術を担当する藤木光次らと「銀河画報社映画倶楽部」を結成。オフシアター・フィルムフェスティバルに入選した処女作『スバルの夜』など、7本の短編映画を湊谷との「共同作業」で制作した。
以後、看板屋、スキー工場など、いくつか職を変えながら8ミリ映画を制作する。81年完成の「家路」がぴあフィルムフェスティバルに入選、88年にベルリン国際映画祭で上映された。
92年、初の35mm映画『アンモナイトのささやきを聞いた』が「アート性で評価され」カンヌ国際映画祭批評家週間招待となったのを機に、活動の拠点を東京に移す。乃木坂「ラ・カメラ」での自主上映会を中心に意欲的に作品を発表。00年、オーバーハウゼン短編映画祭出品作品『月球儀少年』が買い上げとなった。03年7月、つげ義春原作『蒸発旅日記』が公開され、話題を呼ぶ。06年12月、限定版DVD『少女オルフェ/星とプロペラ』(音楽あがた森魚、喇嘛舎)が発売された。
著書に「夢のフィールド」(90、イメージ・ガレリオ)『星のフラグメント 山田勇男のあしおと』(03、神戸アートビレッジセンター/編、ワイズ出版)がある。
74年12月、『ガロ』に投稿した「紅燈夜曲」が「マッチ棒で描いたような絵」と評され没になって以降、映画が活動のほとんどを占め、漫画作品が目立つようになったのは90年代から。その間、詩集や版画集を自費出版、絵画展を開いた。
89年『夜行』16号の「緑色のハート」で北冬デビューを果たして以降、『幻燈』に至ってほぼ毎号作品を発表。18号より『夜行』のロゴマークを担当(18号の表紙デザインも)、『幻燈』のロゴマークをはじめ、北冬関連のフォントレイアウトを多く手がける。現在、フォント配布が最も望まれる映画監督。
2008年4月、処女作品集『限定版 戯れ 山田勇男漫画集』が出版される。
■『夜行』収録作品:16号「緑色のハート」、18号「日向の匂い」インタビュー「湊谷夢吉のこと、「アンモナイト――」のこと」、19号「浮世」座談会「Tsuge,Ozu,Oji,のリアリズム」、20号「戯れ」「ポール・デルボーの死に寄せて」
■『幻燈』収録作品:1号「うつぶせ」、2号「いたずら」南日れんとの対談「少年王者館の行方」、3号「みち草」、4号特集「映画「蒸発旅日記」インタビュー」「映画「蒸発旅日記」撮影用絵コンテ」「紅燈夜曲」、6号特集「みどり亀」「観劇感想・夢の反覆」天野天街との対談「曖昧さのリアリティとは・・・」、7号「冬の猫の泣き声」インタビュー「銀河画報社案内」。
2017.1.8 Kunimoto Kanei